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大阪高等裁判所 昭和49年(う)58号 判決 1975年8月27日

主文

被告人らに関する原判決中、有罪部分及び野見武、古賀滋に対して数人共同して暴行を加えたとの点について無罪とした部分を破棄する。

被告人らをそれぞれ懲役八月に処する。

この裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予する。

その余の部分についての本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

論旨のうち暴力行為等処罰に関する法律一条の解釈適用の誤りをを主張する点について。

所論は、本件のごとく集団が集団に対して暴行を加えた場合には、暴力行為等処罰に関する法律の立法趣旨、保護法益、構成要件、犯意の単一性、白昼公衆の面前で対立抗争したものであるという本件犯罪の実態ないし特質によれば、本件の共同暴行罪は包括一罪と解すべきであつて、これを併合罪とした原判決は法律の解釈適用を誤つたものであると主張する。

そこで検討するに、一罪か数罪であるかの罪数問題については、従来多くの研究が発表され学説も区々に分かれているところであるが、そのいかなる見解によつても、これを具体的に適用する場合、必ずしも充分に明解なものはなく、実務上も多くの困難を来たしているところではあるが、暴行、傷害、殺人等の一身専属的な法益を保護法益とする犯罪に関する限り、その被害者ごとに一罪が成立すると解するのが、実務及び学説上ほとんど確定したところである。原判決はこのような立場に立つて、暴力行為等処罰に関する法律一条に定める共同暴行罪の被害法益は、主として被害者の身体の安全にあるとの見解のもとに、被害者ごとに一罪が成立するとしたのに対し、論旨は、その保護法益の主たるものは社会的法益にあるとし、さらに本件犯罪の実態、特質等を加えて考えれば、本罪は包括一罪であると主張するので、まず本罪の保護法益について検討する。

いうまでもなく、暴力行為等処罰に関する法律は、大正一五年、当時第一次世界大戦後の社会的混乱を反映して集団的暴力事犯が横行していたため、集団暴行を重く処罰することによつてこれを禁圧し、さらに団体もしくは多衆の威力を背景としあるいは兇器を用いてする行為が、暴力事犯を容易にするとともに法益侵害の程度、範囲、影響も大であるということから、これに対処するため、第五一回帝国議会で制定されたものであるが、同法に定める基本となる犯罪類型は、暴行、脅迫、器物毀棄、傷害等の個人的法益を保護法益とするものであつて、その犯行の態様の悪質性、危険性のゆえにその刑が加重されているものであることが明らかである。してみると、本法の罪の保護法益は、第一次的には個人的法益にあるといわなければならないのであるが、加重の理由となつている犯行の態様が、一般に社会不安をひき起こすような特殊な型様によるものであり、前述のような立法当時の社会的背景を考慮すると、同法は公共的な社会生活の平穏という社会的法益をも保護法益としていることを認めなければならないであろうが、そうであるとしても、本法違反の罪が、暴行、脅迫、器物毀棄等の罪の加重規定であることをかえりみると、右のような社会的法益はあくまでも副次的なものにすぎないと解さないわけにはいかない。このことは従来学説上も一致して認めていたところであり、実務においても一般に承認されていたところであつて、社会的法益が主たるものであるとする見解は、従来は遂に見る機会がなかつたのである。

このことを本法一条の共同暴行罪に限つていえば、その主たる被害法益は、被害者の身体の安全という一身専属的な個人的法益にあるということになる。してみればその罪数は、被害者ごとに一罪が成立すると解さなければならない。

論旨は、共同暴行の罪は、多数の暴行が本来的に構成要件の内容をなしていると主張し、それを理由に多数者に対する暴行も一罪であると主張するが、共同暴行罪が多数の暴行を構成要件の内容としているといえるのは、暴行をする者が多数の場合のことであつて、多数者に対する暴行を本来的に構成要件の内容としているわけではなく、また、加害者の犯意が、被害者個々人に対するものではなく被害者の集団に対するものでその意味で犯意が単一であるとしても、人身犯罪である本罪において、そのことを理由に包括一罪と解さなければならない筋合のものではない。

さらに論旨は、本件は約五〇名の集団同士の対立抗争であり、しかも白昼公共の場所である公園内で乱闘に及んだという本件犯罪の実態及び特質を理由に、本罪を包括一罪と解すべきであると主張するが、身体の安全は、あくまでも被害者個人に専属するものであつて集団としての身体の安全を考える余地はないのであるから、集団同士の対立抗争であるからといつて、そのために本罪を包括一罪としなければならない理由はなく、またその対立抗争が白昼公共の場所でなされたとしても、この場合に限つて社会的法益を本罪の主たる保護法益と解することは、立法趣旨を越えた法の変容を認めるものであつて、近代刑法の基本原則である罪刑法定主義の精神にも反するもので、到底採用することはできない。

なお論旨は、多数回にわたつて集金した金員を費消した業務上横領事件において、その横領の日時、場所、金額、態様などをそれぞれ確定できない場合に、社会的事実関係の同一性を要件にこれを包括一罪とすることのある例をひき、本罪においても同一に解すべきであると主張するが、被害者が同一人で、その被害を受けたことが確実であつて、しかも財産犯である場合と、被害者を異にする人身犯で、そのうえ後述のとおり被害者とされている者の全員が残らず被害を受けたとは断定できない本件の場合とは、おのずから事案を異にするのであつて、同一に取扱うわけにはいかない。

以上に検討したとおり、当裁判所は、本罪は被害者ごとに一罪が成立し、本件においては併合罪であると解するものであるが、これは、最高裁昭和二七年(あ)第二九七六号同三一年一二月二〇日第一小法廷判決・刑事裁判集一一六号二二五頁、広島高判昭和三五年三月二九日高検速報三五年その二の六号、高松高判昭和三九年四月三〇日高刑集一七巻三号三〇八頁、広島高判昭和四九年六月二〇日高検速報四九年一三号等多くの裁判例と同一であつて、論旨が引用する最近の下級審の裁判例の見解には賛成できないところである。論旨は理由がない。

論旨のうち刑訴法二五六条三項の解釈適用の誤りを主張する点について。

所論は、原判決は、本件共同暴行罪の被害者として氏名の特定された森口芳樹ら九名以外については、氏名その他による特定はもとより、その数すら確定されていないので、この部分については訴因の明示を欠き公訴提起の手続がその規定に違反し無効であるとしたが、本件共同暴行罪は全体として包括一罪と解すべきであるから、この立場に立てば、本件公訴事実の記載は何ら訴因の明示に欠けるところはなく、仮に本件犯罪が被害者ごとに成立するとしても、本件においては、公訴事実として、犯行の日時、場所、態様並びに被害者らが当該抗争を行つたセクトの構成員約五〇名であることが記載されており、訴因の特定明示に欠けるところはないのに、これを否定した原判決は、刑訴法二五六条三項の解釈適用を誤つたものであると主張する。

しかしながら、本件共同暴行罪を包括一罪と解すべきでないことは先に判示したとおりであるから、これが包括一罪であることを前提とする所論は採用することができないこと明らかであるので、ここでは被害者ごとに一罪が成立することを前提として、訴因における特定の問題を検討する。

刑訴法二五六条三項が訴因の特定明示を要求しているのは、検察官に対する関係では公訴提起の対象即ち攻撃の目標を明らかにし、裁判所に対しては審判の対象、範囲を明確にし、被告人に対しては防禦の範囲を示すことを目的とするものであるから、被害者ごとに一罪が成立する本件犯罪においては、必ずしも氏名による特定を要しないとしても何らかの方法で被害者を特定することが要求されるわけではあるが、被害者とされている者の全員が被害を受けたことが明白な事案においては、訴因において被害者を特定することの実質的必要性は、もつぱらそれ以外の者と区別することに主眼があると思われるので、被害者らの集団の範囲が確定されている限り、その集団の内部における個々の被害者の特定に不充分な点があつたとしても、起訴状における訴因の明示としては、一応その目的を達しているものと解されないではない。

しかしながら、記録によれば、本件において被害者とされている反帝学評系の学生ら約五〇名のうち三〇名位が竹竿をもつて被告人らの属する革マル派の集団と叩き合いをしたというだけで、その時間も小池長幸の検察官調書によれば数秒間、山田秀樹の検察官調書によれば瞬間で勝負がつき自分らは負けて敗走したというほどの短時間であつて、右両名及び古賀滋は、いずれも竹竿で叩き合つただけで自分の竹竿は相手の体に当らず相手の竹竿も自分の体には当らなかつたと述べていることを考えると、少くとも、竹竿を持たず、これらの集団の後方にいた者については、暴行を受けた事実すら認めがたい状況下にあるのである。

このように、被害者らの集団にいた者が全て被害を受けたとは断定できない場合には、単に起訴状に、反帝学評系の学生ら約五〇名に共同して暴行を加えたと記載し、被害者らの集団を確定してそれ以外の者と区別するだけではなく、さらにその集団内部において被害を受けた者を氏名その他の方法で特定しない限り、審判及び防禦に支障を来たし、訴因の特定明示を要求する刑訴法二五六条三項の趣旨に反し適法なものということはできない。

論旨は、いわゆる白山丸事件についての最高裁判所判例(昭和三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一六三三頁)を引用して本件の場合に訴因の明示に欠けるところはないと主張するが、この場合は、一罪の犯行の日時、場所という訴因特定の一手段の場合であるのに対し、本件は複数の人身犯罪における被害者についてのもので、罪となるべき事実そのものに関するものであつて、事案を異にするものといわなければならない。

さらに論旨は、本件犯罪の性質上被害者の特定が困難であるという。たしかにこの種学生集団の対立抗争事件においては、捜査及び公判において関係者の協力を得ることがほとんど期待できないため、被害者を特定することは極めて困難であろうと思われるのであるが、そのために刑事裁判の出発点ともいうべき訴因の明示をあいまいなものにすることを許すわけにはいかないのである。

以上のとおりであるので、本件においてその公訴事実の記載では訴因の明示を欠くとした原判断は、その結論において正当であり維持すべきものであるから、論旨は排斥を免れない。

論旨のうち審理不尽、事実誤認を主張する点について。

所論は、原判決が無罪とした森口芳樹ら合計七名に立する暴力行為等処罰に関する法律違反の事実についても、中川紀明ら警察官の現場写真撮影報告書によれば、右森口芳樹らも反帝学評系の学生ら約五〇名の集団の中にいて本件被害を受けた事実をうかがわせるのに充分であるから、もし原裁判所が共同暴行罪についてこれを併合罪と解するならば、検察官に立証を促し審理を尽くすべきであつたのに、これを怠つたまま立証がないとして無罪としたのは、審理不尽の結果事実を誤認したものであると主張するものである。

しかしながら、記録によれば、共同暴行罪の起訴状には、「全国反帝学生評議会連合の学生森口芳樹ら約五〇名に対し、……」と記載されていたのに対し、弁護人から釈明要求があり、原裁判所はこれを容れて、第一回公判期日において、検察官に対し被害者らの氏名の特定を命じ、その結果、第二回公判期日において、検察官が、森口芳樹、神谷敏尚、釜谷清治、野見武、内藤政和、小池長幸、山田秀樹、古賀滋、下司浩の合計九名の氏名を特定した経緯並びに従来この種事犯については被害者ごとに併合罪として処断するのが実務の扱いであつたことに徴すれば、検察官としても、原裁判所がこれを併合罪とするかも知れないことを容易に推測しうる状況にあつたものであるから、検察官は、自からすすんで各被害者について立証すべきであつたのであつて、これをしないまま、必ずしも重大な事犯とはいえない本件において、原裁判所の態度を審理不尽であると非難することはできない。

しかし当審において取調べた大屋光雄及び京楽千年の各証言によれば、本件乱闘の現場を撮影した中川紀明作成の現場写真撮影報告書その一の九番には、野見武が竹竿をもつて乱闘中の姿が撮影されており、ヘルメット、眼鏡の着用、着衣、特に覆面用のタオルの特色からそれが野見武であることが明らかであるので、これによれば同人の被害の事実を認めることができる。

また当審証人古賀滋の証言によれば、同人は事件当日反帝学評系の集会及びデモに参加し、本件事件現場で竹竿をもつて被告人らの属する革マル派の学生集団と乱闘をし、相手方の竹竿で自分の竹竿を叩かれるなどの被害を受けたことが明らかである。

しかしながら、右両名を除く、森口芳樹、神谷敏尚、釜谷清治、内藤政和、下司浩の五名については、その被害事実を立証する証拠が全く存しないか、あるいは存在するとしても乱闘前又は乱闘後の写真があるだけであつて、これによつて直ちに本件被害の事実を認めるには足りず、また検察官が乱闘中あるいは乱闘直後のものであると主張する若干の写真は、後ろ向きであるとかもしくは特別の特徴もない写真であつて、それによつて、それが検察官が主張する被害者であると確認するには足りない。

したがつて、森口芳樹らこの五名については、犯罪の証明がないとして無罪にした原判断には事実誤認はなく、野見武、古賀滋を無罪にした原判断には、事実誤認があつて判決に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの限りで理由がある。

以上の次第であつて、被告人らに対する原判決中、野見武、古賀滋に対する共同暴行を無罪とした部分は破棄されることとなるが、これと併合罪の関係にある原判決の有罪部分も同時に破棄を免れない。よつて刑訴法三九七条一項、三八二条によりこれらの部分を破棄し同法四〇〇条但書によりさらに判決する。

罪となるべき事実は、原判示第二の事実の被害者として、野見武、古賀滋を加えるほかは原判示と同一であるのでこれを引用する。

証拠の標目は、原判示第二の事実につき、大屋光雄、京楽千年及び古賀滋の当審各証言を加えるほか原判決に掲げるものと同一であるのでこれを引用する。

法律に照らすと、被告人らの原判示第一の所為は、刑法二〇八条の二第一項、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に、同第二の各所為は、それぞれ暴力行為等処罰に関する法律一条、右改正前の罰金等臨時措置法三条一項二号に該当するので、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、刑法四五条、四七条本文、一〇条により刑及び犯情の重い原判示第二の山田秀樹に対する暴力行為等処罰に関する法律一条違反の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲で、被告人らをいずれも懲役八月に処し、情状を考慮し刑法二五条一項を適用して二年間右各刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととする。

なお弁護人は、原審において、本件暴力行為等処罰に関する法律違反の所為は正当防衛にあたると主張しているけれども、この点につき原判決が詳細説示するとおり、本件は正当防衛の要件を満たさないので、採用の限りではない。

前記破棄にかかる部分以外の部分について本件控訴は理由がないので、刑訴法三九六条によりこれを棄却する。

よつて主文のとおり判決する。

(細江秀雄 西田篤行 近藤和義)

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